演者/作曲者としての自分の接続
- 『成人』を作り始めた頃、durkheimはどんな状態にありましたか?
坂本: 成人を作り始めた頃は、別のバンドでリードギタリストとして活動していました。SlowcoreやShoegazeやNu-Metalの影響下にある楽曲を、自分で作り始めた頃です。当時はまだdurkheimを旗揚げする1年半ほど前でした。
坂本: バンドで活動しながらも、そのバンド内では一切曲作りに関与していなかった。だから、自分の構想は自分のプロジェクトで形にしようと思い立った感じでした。
- 『成人』は、バンドを離れる前からすでに始まっていた、「自分の音楽を、自分の構想のまま形にする」ためのプロジェクトだったんですね。Slowcore、Shoegaze、Nu-Metalという異なる要素が、当時のあなたの中でどのように結びついていたのかも気になります。 当時の音楽的な関心について教えてください。
坂本: Deftones-CoreやGrungegazeと称されるバンドたちが続々と登場していた時期でした。いわゆるNu-Gazeの流れは2015年くらいから見ていて、Shoegazeが好きな自分にとっては、すごくアツい流れだと思っていました。それこそ、Nothingとか、Whirrとか、Cheatahsとか。
坂本: 一方で、プレイヤーとしてはフュージョンやプログレの影響下にあるテクニカルなプレイを続けていました。でも、オルタナバンドで活動を続けていく内に、自分のプレイスタイルと音楽的志向の間に齟齬があるような違和感を覚え始めていた頃だったんです。
『成人』という名前と、母の成人式写真
- EPのタイトルとジャケットについて聞かせてください。なぜ『成人』というタイトルになったのでしょうか?
坂本: 最初に、アルバムジャケットを母の成人式の写真にしようという構想が決まりました。母の成人式の写真が、写真としてイカしていると思ったので、ぜひ使いたいと思いました。リアルに昔の写真だし、durkheimの楽曲は90年代のオルタナに強く影響を受けているので、その質感と連続するような感覚もありました。
坂本: 自分が成人してからの出来事や考え事が歌詞になっていたりもする。そこに気づいて、タイトルと作品の間に思想的なつながりも担保されると思いました。
- お母さまの成人式の写真が、単なるジャケット素材ではなく、作品全体の入口になったんですね。古い写真の質感、90年代オルタナへの接続、そして自分自身が成人してからの経験や思考が、タイトルの中で重なっている。家族の記憶や、お母さまの若い頃の姿と自分の音楽、時間の隔たりについて意識したことはありますか?
坂本: 写真には、自分の母が自分より若い頃に写っています。自分と血縁関係があり、顔の似た人物が昔の写真の中にいるという記録は、俺にとって重要です。母の過去と自分の現在が、90年代へのリバイバルやこの作品の音楽と重なっています。
- 日本庭園の明るい風景の中で、振袖の華やかさと、隣に立つ黒い服の姿が強く対比されています。記念写真としてきれいなだけでなく、そこに写っているお母さまが、現在のあなたと地続きの存在でありながら、あなたの知らない時間を生きていた人でもある。その距離感が興味深いです。『成人』は、単なる「大人になる」という意味だけではなく、親の過去、自分の現在、90年代の音楽、そして自分がこれから作る音楽が重なった作品にも思えます。では、少し音楽そのものに入らせてください。 最初に形になった曲はどれでしたか?
音楽的共存共栄
坂本: 最初に形になったのは、1曲目の「結節点で落ち合おう」です。最初からSlowcore/Shoegaze系の楽曲を作ろうという構想が明確にあって、作り始めた記憶があります。
坂本: アルペジオが、そのままリードギターのフレーズのように聴こえる構成になっていて、これは完全に意図して作っています。プロットの段階では、かなりリバーブがかかった浮遊感のあるサウンドにしていましたが、最終的にはドライで、Slowcoreの要素を強調した形に落ち着きました。
- 「結節点で落ち合おう」は、最初からSlowcore/Shoegazeの方向性を明確に持って作られた、作品の核になる曲だったんですね。アルペジオを伴奏ではなく、リードギターのように聴かせる設計も、かなり意識的な出発点だった。深くリバーブがかかった浮遊感から、ドライでSlowcore寄りの音像に着地した変化も、曲の性格を空間の広がりより音の近さや重さに置き直したように感じます。 「結節点で落ち合おう」というタイトルには、どんな意味がありますか?
坂本: SlowcoreやShoegazeやNu-Metalの影響下にある楽曲を作り始めた頃、バンドから脱退することが決まりました。望んで脱退したわけではなかったので、当時はかなり落ち込んだ記憶があります。その時の感情や考えを、ストレートに歌詞にした形です。
坂本: ただ、今では当時の絶望感は払拭されています。活動を異にしても、またどこかで落ち合うことになろう、というメッセージも込めたタイトルであり、元バンドメイトとの間でも、僕の脱退はネガティブな出来事ではなかったという共通認識に変わっています。お互いにやりたいことを形にできているので。
- 「結節点」は、当時の絶望が凝縮された場所でありながら、現在から振り返ると、別々の道を進んだ人たちが再び交わる可能性を残した場所でもあるんですね。その曲は、当時同じバンドにいたメンバーたちに向けた手紙のようなものでもありますか? それとも、特定の相手だけでなく、「一緒に何かを作っていた人と離れてしまった経験」を持つ人にも開かれた曲として作った感覚でしょうか?
坂本: 手紙といえば、そうかもしれません。でも、俺と同じような気持ちになったことがある人に、どこか共感してもらえたら、それはそれで嬉しいですね。
- 特定の相手に向けた手紙でありながら、同じように「一緒にいた場所を離れざるを得なかった」人にも届いてほしい。その開き方が、曲を個人的な記録だけで終わらせていない。ここからEPは、どんな感情の流れへ移っていくのでしょうか。 2曲目「その再現度」について教えてください。
燻る火種のスナップショット
坂本: 日常的にフラストレーションや怒りを感じていることに対して、冷笑するようなニュアンスで歌詞を書いています。作り始めた時は、歌詞の構想がないまま走り始めて、Nu-MetalやGrungegazeの流れを汲んだ曲として作り始めました。
- 喪失から出発して、日常への苛立ち、そこからくる鬱へと、より個人的な感情の内側へ移っていく構成にも感じます。最初から大きな物語を決めていたというより、曲ごとに異なる感情を作っていった結果、EP全体に輪郭が生まれたのでしょうか。2曲目では、冷笑の対象と「その再現度」というタイトルの関係を聞かせてください。
坂本: 「その再現度」は歌詞の最終フレーズとして曲中で回収されます。社会の荒波を彷徨っていると、誰しも理不尽や不合理にぶち当たって、フラストレーションが溜まるものじゃないですか。そういった物事に対する冷笑ですね。
坂本: リフ自体はNu-Metal/Grungegaze/Hardcore/Deftones-Core然としたものですが、ヴォーカルが入っているパートはsus2系コードを中心に展開するマイナーキーに転調しています。そこに煮え切らない、冷たい質感のヴォーカルや不協和音のリードギターが乗ることで、歌詞やタイトルとリンクしていると思います。
- 「その再現度」は、曲の最後で意味が回収される言葉なんですね。明らかな過ちを繰り返す周囲の人間や社会、組織に対して、「また同じことをやっている」という冷笑を突きつける。怒りを正面から爆発させるより、冷笑や皮肉として聴かせるために、この音像を選んだようにも感じます。 3曲目「Downward Progression」では、どんな日常が描かれていますか?
坂本: 日常と、落ち込んだ精神状態の両方です。メンタルの状態をメタファーや抽象的なワードによって表現するだけではなく、具体的な日常風景を描写することも意図して行っています。
- 内面の鬱を抽象的な比喩だけに閉じ込めず、具体的な日常風景の中に置いている。古代魚は、殺して沈めたはずの感情が深い場所で生き残り、牙を剥こうとしているイメージでしょうか。その異物のような感情が、何気ない日常へ侵入してくる構造にも感じます。
坂本: 「海底近くの古代魚が 鋭利な牙を剥いたんだ」というフレーズは、俺の中で殺して奥底に滞留した感情が、暴れ出しそうであることを意味しています。
坂本: 「大嫌いな街に同化して 感傷に浸ってるんだ」
「戦慄したあの日から 一個も変わらないんだ」
「先陣を切って通過した 電車を見ていたんだ」
「散々な毎日過ぎ去って 命を削っていたんだ」
坂本: こういう部分には、通勤の場面も、いい思い出がない街も、最悪な思い出も入っています。古代魚の比喩と具体的な日常風景は、別々のものではなく、同じ生活の中にあります。
- 具体的な街、通勤電車、変わらない日々、命を削っている感覚が、古代魚の比喩と同じ地続きで描かれている。だから「Downward Progression」は、単に気分が落ちるのではなく、生活そのものが少しずつ下降していく感覚につながるんですね。 4曲目「5/18」のタイトルは、何に由来するのでしょうか。何かを象徴する日付ですか?
日誌として
坂本: 予定していたけど、振られて頓挫したデートの日付です。その時の心情や風景が歌詞の中で情景描写されている感じです。結構ストレートな失恋ソングです。
- 振られて実現しなかったデートの日付だったんですね。かなりストレートな失恋ソングとのことですが、その時の心情はサウンドにも反映されていますか?
坂本: 曲としては、1曲目同様かなり遅めのBPMで展開するもので、もっとShoegazeらしい音像に振り切っています。このEPで空間系を全体に深くかけて、残響重視で音像を作り込んだ唯一の曲です。終わりの儚さを感じてもらえると思います。
- 1曲目と同じく遅いテンポながら、こちらはよりShoegazeへ振り切り、EPで唯一、深い空間系と残響を前面に出した音像なんですね。歌詞の情景がその残響に包まれ、最後に儚さが残るというのも印象的です。ここからは、そうした曲ごとの表現を形にした制作全体について聞かせてください。
構想に身体性を
坂本: 今回のEPでは、楽曲制作の大半を自分が主導しました。ドラムの打ち込み、ギターの演奏、歌唱、録音、Mix、Masteringまで自分の所掌です。
坂本: とにかく頭の中で強くハッキリした構想があったので、それを一心不乱で形にした感じでした。
- 大半の制作を自分で主導し、ベースだけmollyさんに演奏してもらったことに、どんな意味がありましたか。構想を正確に実現するだけでなく、mollyさんの想定外のニュアンスや生命感を受け入れた部分もありますか?
坂本: ベースについては、一度自分が考えたものを踏まえて、mollyに演奏してもらいました。mollyのベースでしか得られない重さや圧、ドスの効いたニュアンスがあります。それは下に質量を感じるような重さというより、ミドルに圧があり、ドスの効いた重さです。俺が弾くと小綺麗にまとまってしまって、オルタナから遠ざかるような感じもある。
- mollyさんのベースは単に低音を補う役割ではなく、曲をオルタナティブ側へ引き戻す重さ、ドスの効いた荒さを担っているんですね。自分で弾くと小綺麗にまとまりすぎるという自己認識も含めて、音楽的な役割分担が明確です。4曲の中で、とくにmollyさんのベースの重さが必要だった曲はどれですか。ベースによってギターの音作りやリズム、Mixの判断は変わりましたか?
坂本: 全楽曲です。Mixの判断は自分の音から変わりましたが、録音時点で自分が普段使っているDI/Preampを通して、ある程度補正をかけていました。それによって、mollyのニュアンスも活かしつつMix上グルーした感じです。
- 全曲でmollyさんのベースが圧を担い、録音段階のDI/PreampのおかげでMixでその質感を活かせた。制作の主導権はあなたにありつつ、ベースだけは自分では出せない身体性を持ち込んでいるんですね。 最後に、現在のあなたにとって『成人』はどんな作品ですか?
初期衝動を残した名刺
坂本: durkheimの名刺のようなEPであり、初期衝動と粗野さを楽しんでもらえる作品になったと思います。
坂本: 当時の自分にしか作れないものであったことは間違いありません。それでも、軸としては大切にしたい作品です。
坂本: 今作り直すなら、という部分もなくはないですが、それは今後の作品に活かしたいです。
- 『成人』はdurkheimの名刺であり、初期衝動と粗野さをそのまま残した作品ですね。作り直すのではなく、違和感や反省を次作へ引き継ぐ姿勢も含めて、現在性のある作品だと思います。
坂本: durkheimの音はノイジーで暗いです。だからこそ、作品やライブを通じて、あなたとリンクできたらいいなと思います。
作品情報
作品名:成人
アーティスト:durkheim
形式:1st EP
- 結節点で落ち合おう
- その再現度
- Downward Progression
- 5/18